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なぜ彼女は処女膜で歌ったか

つまり、何故アシカは鹿ではないか

一生同じ児童書しか読めない病気

今後一切、同じ児童書しか読んではいけない病気にかかったら、
何を選ぶか。
非常に悩ましいところ。


まず、これから何百回も同じ本を読むということになるわけだから、
余りに暗い本はダメだよね。
なのでキチガイ地味たところのあるヤンソンの「ムーミン谷」シリーズなんかはダメ。

 


アニメで有名なムーミンの原作、面白いんだけど、
割とマジキチメンヘラなところがあって、まがまがしい児童書です。


更に、読む際に身をつまされる、教訓が重すぎる本も何百回も読むのは辛そう。
なので大好きなミヒャエル・エンデの「はてしない物語」はダメ。

 

はてしない物語 (エンデの傑作ファンタジー)

はてしない物語 (エンデの傑作ファンタジー)


はてしない物語」は、人間の望みをテーマにしたファンタジー。
真の望みを掴むためには、些末な望みをどんどん持って、それを次々に叶えていかなければならないけれど、望みというのは枯渇する泉なので、真の望みを掴む前に望む力を失ってしまうことがある。
だってそうでしょ、何もかも望みが叶ったら、だんだんやりたいことなくなってくるよね?
でもそのやりたいことがなくなった状態が、本当に望んでいたゴールとは限らないわけ。
美人で賢くて友達がいっぱいいてお金があって、完璧な人生でも、実はそんなこと望んでなかったみたいなことってあり得ると思うの。
だから望むということに慎重にならねばならない、些末な望みを叶えながらも、真の願いへの道を辿らなければならないよ、という教訓。
お、重すぎる・・・
毎日読むのには辛すぎる本なのでこれはアウト。一番好きな本って聞かれたらこれを挙げるんだけど。


何百回も読むことを考えると、かなりライトな冒険話とかが良さそうね。
たとえば同じミヒャエル・エンデでも「モモ」は時間泥棒との戦いを割と単純に描いた冒険話なので、何百回も読めそう。

 


でも飽きちゃいそうね?

ストーリー以上に味わいがある話の方がいいなー・・・


というわけで、私が選んだのは、バーネットの「小公女」です。
特に青空文庫にある古い翻訳版を推したい。

 

小公女 (福音館古典童話シリーズ 41)

小公女 (福音館古典童話シリーズ 41)


有名なのであらすじは知ってると思います。
インドで事業をしていたイギリス人大尉の娘セアラは、空想好きな(高確率で水瓶座)気品のある少女。
金持ち故にイギリスの寄宿学校でも特別扱いをされていたけど、父の急死によって下働きに転落。
下働きでも人としての誇りを忘れず空想で適度に現実逃避しながら暮らす少女が、お金持ちの隣人の目に止まり、最終的には養女になるという話。


あらすじ的には単純なんだけど、着目したいのは日本語訳の方。
こういった古い英米文学は、かなり下手くそな日本語訳をされていることが多いです。
そして下手くそな日本語訳は、非常に味わい深い美しい日本語になっていることがある。


青空文庫の日本語訳は昭和二年のもの、つまり少女文学が勃興していた頃と言えます。
女の子達の言葉遣いはその頃流行の女学生言葉、「〜じゃァないこと?」とか「よくってよ」など。
うーん!!たまらん!!!


というわけでした。
みなさんは一生同じ本を読み続けなきゃいけない病気になったら、何を選びますか?