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なぜ彼女は処女膜で歌ったか

つまり、何故アシカは鹿ではないか

もっと詩を書けお前ら その3

その2のつづき。

 

詩の読み方、感動の仕方みたいなところを話していた途中でした。

 

例えばどうやって詩を解釈するかというと、

「坊主が屏風に上手に坊主の絵を描いた」

有名な早口言葉ですね。

この一行からは、坊主が畳に座って屏風に絵を描いているところしか見えません。

解釈の自由度がかなり高い。高すぎてわからないレベル。

なぜ絵を描いたのか、自画像なのか、どんな屏風なのか、何に使うのか・・・

 

そこに、

「坊主はコンコン赤い咳」

「布団が畳で腐ってる」

「薬師が悲しく笑ってる」

などの情報が追加されるとどうでしょう。

「コンコン赤い咳」は結核、

「布団が腐る」は腐るほど敷いてある、つまり長く病気である、

「薬師が悲しく」は医者が匙を投げたほど死期が近い。

これらの情報が付けられると、

坊主はどうやら病気で、もう死ぬらしいという舞台設定ができます。

 

最後に、大体詩人はわけのわからないことをぶっ放してきます。

例えば私なら、

「筆から滴る悲しい墨が

心臓から足に溶けて

大きな木に育って

眩しい空に染み出す

そんな晴れた日」

とか言い出します。

意味不明すぎワロチ。

詩人(つまり私)としては、

「最後の大作、というか自分の遺影を描く悲しい仕事をしながらも、

晴れた空が心地良いし、絵を描くのが大好きなので割と機嫌が良い」みたいな様子を想像はしました。

墨と血液と水と空気は意味を重ねています。

でも別にわかりやすく説明する必要なくって、

この墨が身体に入って木になって空に帰るみたいなイメージから、

読む人が勝手に解釈をしてくれればいいと思っています。

「実はこの墨が毒物で、薬師は坊主に恨みを持っているから、毒物を混ぜた墨を使わせて毒殺しようとしているんだ」みたいな解釈も面白いと思うし、

「坊主は木の妖精で、人間になれる時間が過ぎてしまったが、最後に絵を描きたいという夢のために自分の命を賭して絵を描いている」という解釈も夢がある。

 

詩は妄想の種を提供する物で、

詩人は読者の想像力を間借りして、ちょっかいを出させてもらう。

だから深い感動があるんだと思います。

 

せっかくなので、坊主の詩を仕上げよう。

 

「坊主が屏風に上手に坊主の絵を描いた」

 

坊主が屏風に上手に坊主の絵を描いた

坊主が坊主の屏風に上手に

 

坊主の咳がコンコン赤い

坊主の屏風に坊主が上手に

 

坊主の布団が畳で腐る

屏風に坊主が上手に坊主の

 

薬師が悲しく笑ってる

上手な坊主が屏風に坊主の

 

絵を描く坊主が病気の坊主が

上手に坊主の屏風に坊主の

絵を描く姿は屏風の鋲に

ぼうっと映って膨れて消えた

 

筆から滴る悲しい墨が

心臓通って足に溶けて

大きな木へとぐんぐん育って

眩しい空に染み出していく

 

そんな晴れた日にしんしんと降る雨

 

語感を調えるために「坊主が上手に」の合いの手を入れたり、

文字数を調えた結果、こういうくどい詩になりました。

私の詩はくどくなりすぎるんだけど、

まあこんな感じでいいんじゃないのwwww

 

まだまだつづくよ!