クズ野郎式イエス・キリスト物語〜宣教編〜
さて、今回は、「クズ野郎式イエス・キリスト物語〜宣教編〜」ということで、イエスが弟子を集めて宣教を行うところに入ってきます。
この辺からエピソードが増えまくるので、時系列ではなく、カテゴリごとに説明していきたいと思います。
【クズ野郎のルール】
・聖書に書いてあることを信用しない
・現代科学で不可能なものを「奇跡」と書かない
・キリスト教の神とイエスの神性は無視する
・聖書の自己流解釈を押しつけない
・キリスト教徒の人格を攻撃しない
・キリスト教徒に絶対にならない
〜1,弟子紹介〜
<一番弟子シモン・ペトロ:人間をとる漁師>
まず最初に、イエスの弟子達についてまとめましょう。
一番弟子に関しては、やっぱり重要だったらしく、リクルート時から福音書にきちんと記述があります。
ペトロは元漁師で、海辺で漁をしていたらイエスがやってきて、弟子にリクルートされました。
その時にイエスが言ったのが、「私についてくれば、お前を、人間をとる漁師にしてあげよう」という名言です。これからは人を導く人間になれるようにリーダーシップを学ばせよう、ということですね。
それでペトロは漁師をやめ、ホイホイついていったのでした。
ペトロは一番弟子で、聖書にも多く登場します。しかし、イエスの処刑の際には、自分も巻き添えを食わないために「自分はイエスの弟子ではなかった」と嘘をついてしまうのです。
<イスカリオテのユダ:裏切り者の代名詞>
この人ほど有名な使徒はいないでしょう。
ユダは、イエス一行の会計係をしており、ちょいちょいお金をくすねていたそうです。まあチンケな泥棒だったんですな。
このユダが裏切り、イエスと対立していたユダヤ教祭司にイエスを引き渡したことが、処刑につながるわけです。
しかしユダの行動は大変謎です。
ユダは一応イエスにくっついて行動していたんだから、イエスのことが好きだったのではないでしょうか。嫌いならいつでも使徒なんかやめてしまえば良かったわけですから。
そういう状況下、なぜユダがイエスを裏切ってしまったのか、その動機に関しては、聖書では「ユダに、サタンが入った」としか説明されていません。
このユダの行動に関しては、イエスの死に至る経緯を説明する際に、もう少し考えてみたいと思います。
〜2,宣教スタイル〜
<モテ男リーダーイエス>
イエスは十二使徒や、数々の追っかけ群衆を引き連れ、イスラエルを旅行しながら、教義を説きます。
彼の宣教スタイルは、主に3つです。
・奇跡を起こして信用を得る
・深イイことを言う
・権力者に積極的に楯突いて行く
この宣教スタイルが、群衆にバカウケするわけですな。
もしイエスが現代に生まれていたら、多分雑誌「President」の取材を受けて、ろくろを回しながら「イエス流宣教スタイルに学べ!」とかいうインタビューに答える姿が見られていたでしょう。
イエス流宣教スタイルは、現代風に見てもリーダーとしての魅力を感じますよね。
仕事がバリバリ出来て、でも自分のことだけを考えるのではなく、後輩のために上司に直談判できる勇気もあって、飲み会では深イイ話で感動させてくれる。超モテそうですね!!!!
<奇跡いろいろ>
イエスは民衆の信頼を得るため、救世主っぽいお仕事をたくさんしました。
有名なものの中から少しご紹介。
・水をワインに変える
・二匹の魚と五つのパンで5000人を満腹にする
(おさかなかわいいからこの奇跡好き)
・水の上を歩く
・人の病気を癒す
・悪魔払い
・死者蘇生
神の子になるにはこれくらい出来なければならないみたいです。神の子志望の方達は、水をワインに変えることから始めてはいかがでしょうか。酒代が浮きますよ。
<深イイ話>
イエスは、回りくどい話とたとえ話が大好きマンでした。
何なんだろうね!?聖書のイエスの台詞って!?マジで後世の人どころか、その場にいた人も意味わかんなかったと思うよ!?現代人で、何か質問されると突然たとえ話始める人いたら相当ウザいよね!?!?!?!?
まあそういう回りくどい奴でも好かれるっていうのが、イエスの人望だったってことなのか?30才くらいの若いお兄さんに回りくどい話をされると、何かシビれるもんなのかな?
イエスの深イイ話は、次回きちんとまとめます。
<権力者に楯突く勇気>
※この項は聖書を読んだ内容のまとめで、史実とは異なる場合があります!史実では、イエス一派と権力者はそんなに対立してなかったかもしれない→ファリサイ派 - Wikipedia
イエスが宣教していた内容は、従来のユダヤ教徒、特に旧約聖書の学者達を揺るがすアヴァンギャルドな内容でした。
というのは、旧約聖書には、ユダヤ教徒が守るべき、礼拝法とか安息日の決まりとか生活規則が書かれており、当時のユダヤ教のメイン宗派であるファリサイ・サドカイ派は、きちんとそういった生活規則を守ることは絶対に譲れない、絶対に守らなければならない、というスタンスでした。
しかしこういう規則というものは、やはり形式主義と紙一重だったようで、実行が目に見える「安息日に仕事をするな」という規則は守られるのに、「父と母とを敬え」という精神性を重視した規則はなかなか守られないという現実があることを、イエスは批判しています。
イエスはそういった精神性を重視した規則の方が、生活に関する規則よりもずっと重要だから、こちらを優先すべきだという主張をしたのです。形から入る派と、内実から入る派の対立と言いましょうか。
また、ファリサイ・サドカイ派が富を蓄えたり、権力を支配したりする姿勢も痛烈に批判します。
かくして、イエスはこれらの偉い人達から猛烈に反感を買ったのでした。
イエスの(唯一)尊敬できるところは、正々堂々と議論をしたことです。
ファリサイ派、サドカイ派はユダヤ教のメイン宗派で、信者数だって多くて、権力もあって、いつ殺されてもおかしくなかったけど、決してこそこそせず、公の場で正々堂々と教義についての議論を行ったことが素晴らしいと思います。
本当に勇気と信念があったんだろうね。
しかし一つだけ批判するならば、イエスは対立する人々に対して何一つ理解を示さず、フォローもしなかったということです。つまり正論を連発するだけで、彼らと仲良くしようとか全く考えなかったし、傷つけた後に慰めたりもしなかった。
そんなんだから殺されるんですね。誰でも何度も何度もボコボコにしてたら殺されるよね。
正論ばっかり主張していた結果、イエスは活動開始後たった3年で処刑されてしまいます。もしもう少し優しい言葉をかけていれば、もっとファリサイ派、サドカイ派を巻き込むことができたら、イエスの寿命は延びていたのではないかと思います。あくまで個人的意見ですけれども。
次回は、イエスの深イイ話編をまとめます。